引きこもりの自分を外へ向かわせる力

子供を持ってから、私は連休が苦手になりました。
かかりつけの病院が閉まってしまうからです。

 

お正月やお盆休み、連休の前は、googleカレンダーに各医院の休診を打ち込み、
「どうかこの期間中、なにか起こって休日診療所や救急病院を利用することがありませんように。」
と毎回願っています。

 

独身のサラリーマンの頃は、もちろんお休みが大好きでした。
一度海外旅行をしてからは、次の休みはどの国に行こう?と考えるのが大好きになったし…

資金が足りず、日本のアパートの家賃も払わないといけないし、長い期間の遠距離恋愛もどうかと思い、
当時中途半端な短期留学で終わってしまったけれど、

世の中には「ママ院生」が結構いるんだな、と知り、(イギリスの大学で実際に40代の院生に出会い)
また資金が貯ればやっぱり歳をとってからでもイギリスの大学院で学び直したいな、と思っていました。

 

 

しかし今はもう、そんなこと微塵も考えなくなりました。

 

 

彼女が…Ronaが、パンデミックをもたらしたことは多くの人の意識を変えたと思います。

 

一昨年の夏に山根さんの楽曲に再会できたことは、私にとって、とても大きな人生の嬉しい出来事でした。

出産後、子供が主役になった人生。
自分の時間がほとんどない毎日。

出産後、クライアントの希望で割と早く事業を再開したため、保育園に預けず仕事をし、かなり余裕のない日々が始まりました。

 

だけれど、そんな毎日の中、再び出会うことができ、聴くようになった懐かしい歌声。

 

 

ライブ会場で会えなくなってしまってから、
再会の瞬間のことをふと思いだしたりします。

 

あのとき…
FIRE BALL 2018のライブ広告を阪急電車の中で見た瞬間。
「あーーーーっ‼山根さんだ…‼」

 

広告なのにドキドキ、ドキドキしました。
心臓の鼓動が…びっくりするくらい早くなって…

なんでなんだろう?

 

多分…昔の彼氏で、嫌な別れ方をしていなかったら、電車でバッタリあったときにそんな感じにドキドキするのかな?

そうかもしれない…
主人を含め片手の数ほど男性と付き合いましたが、
私にも、別れた後しばらくも、電話で話したりできるボーイフレンドが一人いました。

 

お互い、なかなか就職が決まらなくて…なんだかすれ違うことが多くなって、卒業までに別れてしまったのだけど、
彼に嫌な思い出は特にありませんでした。

 

何より、とても大好きで、初めて「愛情」というものを抱いた人です。

そのハタチの頃の彼氏、Y君に、友人の結婚式、別の友人の結婚式で久しぶりに会ったときは2度ともドキドキしました。

(その2度の結婚式とも、人生初めての彼氏にも会いましたが、この彼には全然ドキドキしなかったな…実はあんまり好きじゃなかったんだろう…あー久しぶりーで終わりました)

 

その感じに似ていたような気がします。

 

とてもとても大好きだった…
嫌いで別れたのではなくて…
なんとなくすれ違って別れてしまった…

とてもとても大好きだった…
嫌いで曲を聴かなくなったのではなくて…
なんとなく聴かなくなってしまった…

 

 

私は山根さんにはずっと感謝の念を抱いていました。

1994年、膝を抱えて泣いてばかりいた中学2年の頃、
「Yellを君に」に本当に励まされ、
「こんなに素敵な歌をリリースしてくださって…山根さんにいつか何かの形で恩返ししたいな」
と本気で思っていました。

 

素敵な楽曲とともに過ごした学生時代…

 

田舎を出て、家族と離れて暮らし始めた大学時代…
新生活、狭くて古い学生アパート、だけど13歳の頃から変わらずこのお兄さんの声は毎日そばにありました。

未来を思う18歳の私は、すべての山根さんのCDやツアーパンフ、FC会報などを包んで田舎を出ました。

どこへ行くにもポータブルプレイヤーの中にはこの声がありました。

他に好きなアーティストができず、友人が色々CDを貸してくれても、城ホールコンサートに行っても、
「うん、いいね」
と言って、やっぱり山根さんの歌声を聴いて毎晩寝ていました。

 

13年ほどの長い間、楽曲を聴かなくなっていたけれど…
再会したときに
「どうしても今晩聴きたい」
と思えたのは、

やっぱり、
「ずっとこれらの楽曲と過ごしてきた」
「山根さんに大いに感謝し続けてきた」
という事実と、
「これらの楽曲が自分の身体の一部になっていた」
実感があったから…かもしれません。

 

それと、
デビューされてからずっと誠実に音楽活動をされ、ライブでは毎回、力の限り情熱的、ファンの方にもいつも誠実に対応されていた…という良い印象しかありませんでした。

 

私の心にポッカリと空いたパズルの1ピース。
1ピースが無くても、他のピースは動きません。全体としても、それなりに見れます。

 

だけどそこに、どこかに行っていた1ピースが戻ってきて、パカッとはまった…。

 

なんだか…そんな感じだったのかもしれません。

 

一昨年の夏…
お盆休みの8月12日でした。
梅田の鉄道イベントから帰宅し、主人が子供とリビングで遊んでいたので
「今しかない!急げ!」
と2階からCDを持って降りてきて、1枚ずつパソコンに入れ、それをウォークマンと同期しました。

 

語学学習にしか使っていなかった、ウォークマン。
参考書の音声CDや映画のセリフを抽出した音声しか入っていない、何とも面白くないプレイヤーに、懐かしい声が入りました。

 

何故かこのとき、意地でも
「全曲入れる!」
「山根さんの曲をまた聴く!」
と意気込み、夕飯を作りながらPCを時々覗き、よし、1枚…よし、もう1枚…と見守っていました。

子供たちを寝かしつけ…
さあ、久しぶりに山根さんの楽曲を聴こう。

娘をトントンしながら、BACK TO THE TIMEから聴き始め…
思い出が次から次に溢れ出てきました。

 

一体どこに眠っていたの…?

私の思い出たち…

山根さんの楽曲を聴くだけで、こんなにも出てくるなんて…

それは、とてもとても大きな驚きでした。

 

翌日、寝不足の中「今、山根さんはどんな曲を書いてはるんやろう…」と気になって気になって…

 

知らない間にリリースされていたアルバムを購入し…それらの楽曲もスーッと自分に浸透していき、
「やっぱりこの声は落ち着く…」
「丁寧に作られてるなあ…」
「さすが山根さんだなぁ…」
と、離れていた期間を縮めるように、一気に出戻りファンになりました。

 

なんだか…メッセージを気軽に送ってもいいような雰囲気がラジオ番組にはあったので…送ってみようかという気になりました。

 

伝えたいことはたくさんありました。

 

・あなたの楽曲に13歳の頃、夢をもらいました。
・あなたの楽曲にずっと励まされました。
・初めて握手していただいたときに心臓が破裂しそうでした。
・兄も息子も8月16日に生まれ「816の妹」から「816のママ」に昇格しました。

 

その他にも色々…

だけどいちばん伝えたかったのは…

 

・あなたのもとに帰ってきました。

 

という気持ちでした。

 

 

以前、ラジオ番組で
「昔大好きだった山根さんの番組に出会えて嬉しいです。『おかえりなさい』と言ってください」
みたいなメッセージがあったけど

そうなんです(笑)
出戻りファンにとっては
離れていたことに少し心苦しい思いはあるものの
「帰ってきました。また仲間に入れてほしいな…」
という気持ちがあります。

だから山根さんに「おかえり!」って言ってもらえたら、その心苦しさが吹っ飛んですごく嬉しいんですよね。
私も「おかえりなさい」と言ってくださいってお願いしたらよかったな…今後悔…

 

山根さんの楽曲に再会してから、昔のように毎日聴くようになりました。料理をしながら、洗濯物を干しながら、掃除機をかけながら…。

主人は私の変わりようを「……」と見ていたようですが、私にとっては、元に戻っただけのことです。

 

そしてあの頃と違うのは…
Diaryを覗くと写真があり…
毎週金曜日に聴ける声もありました。

あーそんな風にこの歳は過ごされたんだな。そんなイベントがあったんだー。

 

へー、プロデュースもされたんだ、今度そのCDも買ってみよう。

 

山根さんはサトシさんを信頼してるんだな…精神面でも戦友なんだろうな…

 

震災の夏に南相馬に行かれたんだ…やっぱり…変わらず山根さんは心が暖かい方だな…昔から変わらないなぁ。被災者の皆さん、喜んだだろうな…

 

若いファンの方がいるな…学生時代の自分を思い出すなあ…この方も、山根さんの楽曲を聴きながら未来を見つめているんだろうな…頑張れー

 

あっ「HEAVEN AND EARTH」の中の曲だな。
私このアルバムを聴いてファンを離れたんだよね。でも…うーん…曲の印象があの頃とは全然違うな…なんでだろう。

 

長い間離れていたこともあり、毎週のラジオ番組からは新たな発見がたくさんありました。

 

それと同時に、ずっと誠実に音楽活動をされていたんだなということを実感し、
「お変わりないんだ…」という事実がとてもとても嬉しいものでした。

 

 

仕事と子育てで自分のための時間がない毎日の中、
想い出が詰まった楽曲たちと過ごすことや、素敵な楽曲たちに現在の自分の想いを重ねていくことで、日々の潤いができたのです。

 

 

曲を聴くと当時の情景が思い浮かびます。
昔よく利用していた駅に仕事で行ったときに、ふと楽曲が脳内をかけめぐることもありました。

 

2019年度には、再びライブに行くことができました。FIRE BALL 2019では心から感動し、「山根さんが歌い続けられる限り、応援します‼もうファンを離れません!」と確信し、
FIRE BALL 2020が楽しみ!来年は何回ライブに行けるだろう?とワクワクしていました。

 

その喜びが、Ronaに奪われてしまって…

 

その喜びだけではありません。
なんというか…野心・向上心のかけらもなく
「子供たちが元気に人生を過ごせるだけでありがたい」
と思うようになってしまいました。

 

もちろん、健康にありがたみを感じることは大事です。

 

しかしそれ以外のことを望むことは、とても贅沢な悩みであるように感じるようになってしまいました。

 

私はちょっとガリ勉の傾向があり座学が好きで…
子供たちにも勉強を好きになってほしいなと思い…

 

好奇心を持たせることや、これやってみたいと自ら思わせるにはどうしたいいか、など、これまで育児書をよく読むほうでした。

 

教育ママになるつもりはありません。自分が、親から勉強しなさいと言われたことは一切ないので…。

ただ、小さい頃にお受験をし、卒業とともにクレジットカードを持たされてポイッと飛行機に乗せられ、MBAをとってこいと言われた夫…。そんな夫と私は明らかに経験値が違うな、とやっぱり思います。
子供の学力や経験値の差には、親の経済力・経験値が大きく影響するのだな、と実感しました。

我が家に経済力はあまりないけれど、子供たちには人生を豊かに生きてほしいと思っており、
学びたいことを彼らが持てば、喜んで後押ししてあげようと思っていました。

 

雑学が増えると、人生の可能性は豊かになるよ…

 

海外の大学に通ったり、海外の友人を持つと、日本を見つめ直すことができるよ…日本はとっても恵まれているんだよ…

 

夢を持つこと、それに向かって頑張ることは、とても素晴らしいことだよ…

 

ママも、二人がもう少し大きくなったら週末に大学院に行こうかな…

 

そんなメッセージを子供たちに送りたいと思っていました。

 

だけど、今はなんだか…

「健康いちばん。それだけ。多くを望みません。」

となってしまい、前ほど…子供の教育に対し「ああしてみようか、こうしてみようか」と思わなくなりました。

 

うちの近くに大きめの大学があります。
スーパーで見かける、一人で買い物に来てる大学生。
キャンパスが開講していたら、彼女もできていただろうに…
ずっとオンラインで授業なのかな。
友達はできたのかな。

目標は追えている?
将来に希望を持っている?

鬱になる大学生が増えたというニュースを読むたび、おせっかいおばさんは、とてもとても不憫に感じています。

 

友人たちとオンライン熟女子会をして、いつも
「大学生、とりわけ今年の新入生は可哀相」
という話になります。

私達は、目標を追い、キャンパスラブをエンジョイし、海外へワーホリに行き、21世紀への移り変わりを祝い、至るところで酒盛りし、とてもとても楽しい学生生活を送ったのです。

 

 

希望に満ち溢れたあの頃…
山根さんの楽曲を聴くと蘇る、当時の想い出たち…

素敵な楽曲たちは、中学、高校、大学…私の学生生活を象徴するものです。
こんな風になりたい、多くの人に影響を与えたいと思わせてくれた…
憧れ焦がれ続けたお兄さん

いつしか聴かなくなってしまったけれど、
このお兄さんとの再会がとても嬉しかった私にとって

Ronaにその後の楽しみを奪われてからは、毎日炭酸が抜けきった水を飲んでいるような感じになりました。

 

子供は中学受験しなくていいと思うようになったし
自分の大学院進学も、もうどうでもいいやと思うし

海外旅行でさえ、行く気が失せました。

 

「神様、健康に過ごせていたら十分です。」
と、意識が低くなってしまいました。

 

緊急事態宣言が解除され
「家にいましょう」
から
「感染症対策をして外食・レジャーを楽しみましょう」
と急に言われても、低くなってしまった意識はそう簡単に戻せず

 

いえいえ、家にいて元気に過ごせるならまだまだ可能な限り家にいますよ

という気持ちから未だに抜け出せません。

 

世界のYoutuberがロックダウン中に
「If *** is in quarantine」などと揶揄してパロディ動画を作っていたけど

それを見てアハハと笑いながらも、
私の中で、まだquarantineは続いているのだと思います。

 

2014年、退社しフリーランスになり、初めて妊娠して切迫流産になってから、仕事はほぼすべて自宅でオンラインで進められるように整え、ずっとそのスタイルでやってきたせいかもしれません。

 

電車に乗らない、打ち合わせはSkype、受注・納品はメール。新規顧客の獲得はcrowdworksで。

 

この頃から、買い物も生鮮食品以外はすべてamazonで揃えるようになったので、「ステイホームしましょう」と言われても、私にとっては仕事の受注や買い物スタイルの変更がなかったんですよね。

 

緊急事態宣言が解除されてすぐ、夫はすぐに神戸や三田へゴルフに出かけるようになりました。
(今日も神戸市内までゴルフコンペ行ってます)

皆で会食もして帰って来るし。

 

出かけて会食する人たちを責める気持ちは私には一切ありません。
むしろ、自分がそういう気持ちになれないため、出かけられる人たちに経済を回して貰えばいいと思っています。

子供を連れてよく行っていたダイナーのオーナーには、私は…未だに食事をしに行っていないため、とっても申し訳ない気持ちです。

 

友人たちとの食事や
子供たちとのレジャー

 

そして…
再会できた大好きなミュージシャン

絶たれてしまったことは
できるだけ気にしないようにはしているけど

 

ふと、時折
晩酌のアルコールのせいか
ほろ酔いになると涙がこぼれてしまいます。

 

子供たちのレジャー…
そう…去年、夫と「来年の夏休みはネスタリゾート神戸に行こうか」と言ってたのに…

大切な友人たちとの会食…
「来年は2度目の成人式やろうよ」と言ってたのに…

そして

再び日々の潤いになった大好きなミュージシャンのライブコンサート…
「来年は何回行けるだろう」ってワクワクしてたのに…

 

楽しかったな…

 

当たり前だと思っていた暮らしは
当たり前ではなくなってしまって…

 

 

 

どうして神様は一昨年、私を山根さんの楽曲に再会させてくれたんだろう…

きっと…
このパンデミックを乗り切るために、神様は心の支えを与えてくださったんだな…
と感じるようになりました。

 

ステイホーム期間…
娘の健康のことがずっと不安で、心が押し潰されそうな夜もありました。

そんな中、ラジオから流れてきた「THE ANTHEM」…

あなたに会いたい 叶うならば

その1verseで涙腺が崩壊し、番組終了後も何度もradikoでリピートし、その夜は子供たちを抱きしめながら寝かしつけしました。

 

とてもとても辛かった1994年…
そういえばその前年に神様は私を山根さんに会わせてくれました。

弱い私だったけれど、当時単なる脱毛症で済んだのは、「Yellを君に」を聴いて励まされたからかもしれません。
Yellを君に 山根康広 DESTINY

この曲には3バージョンありますが、未だに私は、DESTINYバージョンの「Yellを君に」しか聴きません。
シングルバージョンは9月リリースだったため、圧倒的にDESTINYバージョンの「Yellを君に」ばかり聴いていました。
Yellを君に 山根康広

それくらい、あの初夏から夏に、私はこの曲に救われたのです。

 

2019年6月の娘の入院中…
25年経っても私はこの曲に助けられている、この曲は私にとってスタンダードな応援歌なんだ…と実感しました。

 

とても落ち着くこの声…

 

若かった頃、いつだって側にいてくれたのです。

 

精神安定剤のように、心をeaseさせる楽曲たち。

 

おばさんになってから再び聴いても、その楽曲の持つ力は変わらないんだな…と感じました。

 

だからこそ
「せっかく再会できたのに」
時折、たまらなく会いたくなってしまって、涙が出てきます。

 

シャッフル再生しているので、
「Good- bye Love Road」がかかってしまうと、少し胸が苦しく感じ、うぅ…と頭をうなだれることもあります。

 

この曲で私の人生は変わり、夢を持つことができ、キラキラした将来を思い描き始めることができたからです。

 

 

「嫁ちゃん、銀行に行くんやが一緒にどうや。銀行の近くのカフェのテラス席でお茶でもどうや」

「晩ごはん食べに行こか」

 

買い物・子供の送り迎え・ジョギングでしか外出しようとしない私に、夫は何度か外界へのリハビリを促し、最近その傾向が増えました。

 

はい…夫さん。
ありがとう。おごってくれるんですか。ではお言葉に甘えて…

 

8月にスターバックスでアイスティー飲んで
9月にドラえもんの映画を観に行って、近所のファミリー居酒屋でようやく食事。

「ひきこもりママ、外界再デビューおめでとう。乾杯。」

 

こどもメニューもたくさんあって子供たちは満足。いつもと違う雰囲気で、だし巻きも違う味で箸が進んだね。

 

小心者の私
おそるおそるだけど…
そろそろ外にも出ていこうか。

 

坊くん、嬢ちゃん、
ずっと
「ドラえもんの映画観たい」
って言ってたのにママなかなか行かなくてごめんね。

 

何より、毎週金曜日の晩にradikoから聴ける大好きな声が
明るい未来を想像させてくれる気がするんです。
山根康広 STARTING OVER★Y2 MEETS ROCK

意地になって
「今日絶対子供が寝てから聴くんや!」
とアルバムをウォークマンに入れた一昨年のあの日…

あの日に
山根さんの楽曲がどんなに若かった頃の自分の人生に影響を与えていたかを実感し、
再びこの声が側にいつもある日々が再開しました。

 

Crowdfundingでは
期限の前にポーンと目標額をクリアしてしまい、
ファンの皆さんからの深い愛情を、すべてのコメントを通して目の当たりにしました。

 

 

 

私は、山根さんの楽曲に人生を好転させてもらった1ファンに過ぎません。

 

しかも、ヘナチョコすぎて、もらった夢を叶えることができませんでした。

 

だけど他のファンの方の中には、ファン同士ご入籍されたカップルもいらっしゃったり、
楽曲を聴いて自身を殺めることを思いとどまった方もいらっしゃったり、

私よりももっともっと楽曲への思い入れの大きい方々がとても多いようで
その影響の大きさを、聴くたび、読むたびに嬉しく思います。

 

この「感謝」の想いを、またステージで拍手として届けたいな…
そんな気持ちが、私を前向きにさせてくれているのかもしれません。

 

また…あのお兄さんに会えますように。
(オジサマになられても、私の中では永遠にお兄さんです)

 

取り急ぎは、来月、THE ANTHEMのCDが届くんだよね。

 

そろそろプレス作業に入るのかしら?

 

生歌テイクはカップリングに入らないのかな。

 

 

早く届きますように。