「G」から守り抜いたもの

本日も楽しみました
STARTING OVER Y2 MEETS ROCK
山根康広 STARTING OVER★Y2 MEETS ROCK
 
そうそう…Gの季節ですね…
 
最近は本当に…企業努力のおかげか、ほとんど見かけません。
我が家はずっとブラック〇ャップにお世話になっています。
(アース製薬さん、ありがとう!)
 
 
私がGを殺れるようになったのは、一人暮らしをしてからです。
 
オンボロの学生アパート。
引っ越したその日に発見してしまって、半泣き状態でした。
 
 
でも、誰も助けてくれない…自分で殺るしかない…
スプレーを買ってきて、エイやっ!と頑張りました。
 
 
その後数回、Gと対峙する場面がありました。
一人暮らしが長かったため、強くなれました。今も見かけたらブルブル震えながらもやっつけますが
やはり実家で暮らしていた頃は、親に頼っていましたね。
 
 
 
 
 
 
私には…過去に…
Gから守り抜いたものがあります…
 
 
 
あれは…中2(1994年)の夏のことでした…
 
 
私の部屋には、こんな感じ↑の換気口(自然通気口)みたいなのがあって、
そこからある夏の夜、ブブブブブブブ!という音がしたんです。
 
な、何!?セミ!?
 
迷い込んできたの!?と換気口を凝視していたら
 
そこから室内に侵入してきたのは、
 
Gでした。
 
 
 
 
 
顔面蒼白…
 
固まりながらも、彼の行方を目で追います。
 
どっどこへ…
 
と!飛んだ!!
 
「ギャアアアアアアアアア!!」
 
 
 
 
悲鳴の後に目を疑いました。
 
Gが飛んだ後に着地したのは、壁なのですが
 
 
 
 
大好きな山根さんのポスターの10cm左でした。
 
 
↓このポスター
 
 
「いやぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ヾ(;゚;Д;゚;)ノ=з=зGYAA!!
 
 
それだけはいかん!
それだけはいかん!
Gよ!絶対に山根さんに触れるな!
それ以上近づくな!
絶対に顔の上を這うな!
許さんぞ!
やめてぇぇぇぇぇぇぇ!
 
 
悲鳴を聞いて「どしたんな!」と母が階段に来たので
「お母さん!Gや!Gや!〇ンチョール!」と叫び
 
スプレーを持ってきた母は、いきなりGに噴射しようとしました。
 
 
「お、お母さん!それはいかん!
ポスターが汚れる!!!
いかん!いかん!山根さんを穢したらいかん!!」
 
「じゃあどうすんな、ちょっとくらい大丈夫じゃろ」
 
「絶対にいかん!絶対にいかん!けがしたらいかん!」
 
 
このポスターはGBの付録でした…DESTINYリリースの頃。
えへっ嬉しいな♪と中学の頃、部屋に貼って毎日ニヤニヤ見つめていたポスターです。(昔の記事とともに箱の中に眠っていました。広げてみるとまだ綺麗でした。)
Gなんかのために、けがしてはならない!
 
 
 
動かないG。
なす術もないまま、見つめる母と私。
 
 
ポスターの10cm左にいる限り、
殺虫スプレーを噴射する選択肢は、私にはありませんでした。
どうしても、ポスターを汚したくなかったのです。
 
 
刺激して、動かすか…とも思いましたが
こちらに飛んできても嫌だし…
 
 
 
そして少し母がスプレーの先を近づけたときに
 
バババババ!とまた飛んで、
 
「ギャアアアアアアアアア!!」
 
叫ぶ私と母側の壁に着地しました。
 
 
 
ゴルァもう許さんぞ!と
母のスプレー噴射で天誅…
 
 
殺りました…
 
 
 
私と母は…ポスターを守り抜きました(PД`q。)…
 
 
 
ある夏の夜のできごとでした…
 
 
 
26年も前のことなのに…今日の放送を聴いて思い出しました…
 
 
 
 
 
母はその後ポスターをまじまじ見て
「山根さん目が茶色いなあ」
「色白やなぁ」
と言っていました…。
 
うん…もともと色白い方で、撮影の照明でさらに顔色が明るくなってるね…
 
 
 
 
このポスター、その後もずっと部屋に貼っていました。
 
 
ファンクラブは1994年の6月に発足されましたが
若い私はお金がなかったので、FCのカレンダーなんかは購入できませんでした。
 
 
上等なカレンダーではなく
GBの付録という形で手に入れたものだけど
ずっと貼っていて、毎日カッコいい顔に癒されていました。
 
 
 
1995年の阪神大震災の際
うちの田舎は兵庫県に近いので、やや揺れました。
 
「怖い、怖い…」と布団をかぶり、揺れがおさまった直後に目にしたのも…このポスターです。
 
 
 
 
思い出します…
 
 
 
 
ポスターを守ったGとの戦い…