RACING the MOON ’94 – Reincarnated as a DVD

大阪郊外のホールで、ライブと同じセット、同じメニューで行われた遠しリハ。この日は最終日。
1回目は、曲ごとに大事な部分を確認しながら。そして2回目は、全体の流れを最終確認するために、全曲を通して。
まるで1日に2回のライブをしているようなもので、さすがにちょっと疲れた表情の山根くんだった。

PAや照明のスタッフも同席し、曲のつながりやタイミングのメモをとっている。
何回もミュージシャンと打ち合わせを繰り替えす山根くん。いつも以上に真剣な表情。去年デビューしたとは思えないプロとしての厳しさすら感じさせる。

「今回のツアーは、とくにストーリー性が強い感じになると思います。
ツアー・タイトル”RACING the MOON”というのは、訳すと”月を追いかけて”になりますよね。これは、5月に出た僕のセカンドアルバムのタイトル”DESTINY~夢を追いかけて~”にかけてあるんです。
だから、開演前のSEなんかもそのテーマに合わせて、僕が3分ちょっと曲を作って録音したんですよ。2日もかかってしまいましたけど(笑)。
前回のツアーでは「BACK TO THE TIME」ということで、映画の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のテーマを使ったんですけどね。

そもそもライブっていうもの自体、非現実の世界というところがあると思うんですよ。今回はそういう部分を最初から感じてもらえると思います」

「セットなんかもカッコいいと思いますよ。基本的に「DESTINY」のアルバム・ジャケットを元に作ってあるんです。コンビナートとか、そういう感じで。鉄骨も使ってますから(笑)」

-合宿5日目ということですが、バンド状態そのものは、今どういう段階に入っていますか?

「やっとお互いの感じがつかめてきた、というところですね。そろそろひとつになってきたかな、という。あとは細かい部分を読めていけばいいんですけど」

「以前から入れたいと思っていたパーカッションが増えました。このツアーから、コーラスも男性に代わりました。結局、バックは総勢7人のバンドになったんですけどね」

Quote:GB

 
そんなインタビュー記事がありました。
私はこのツアー、行きたくても行けなかったので、そういうリハーサルのレポート記事だけでも想像が膨らんでしまい
「あぁ…行きたかったなぁ行きたかったなぁ」と読みながらウルウルしていました(´Д⊂ヽ。
 
心に誓ったのは、「来年(また田舎に来てくれたら)なんとしてでも行く」です。
※翌年行きました…あまりのカッコよさに手拍子が合いませんでした(;´Д`)
 
 
 
DVD…待ちに待ったDVD…
もう…
このVHSビデオは観れないと諦めていました…。
主人がVHSプレイヤーを持っているので、再ファンになってからビデオクリーナーをかけてから再生しましたが、ノイズばかりでとても観れたものではなかったのです。
 
 
諦めていたものが…
DVDとして生まれかわった!!
私「ううううぅぅぅっ…!(涙声)」
夫「嫁ちゃん、どしたんや!」
私「やん様が生まれかわったぁぁぁぁ!」
夫「はぁ?」
私「当時を知る熟女ファンにはこれはかなりヤバイものじゃけん…(´;ω;`)」
夫「頭おかしなったんか
私「これはあきらめとったんじゃ…( ノД`)」
夫「はぁ…」
私「あの初々しく凛々しいお姿にまた逢えるとは!」
夫「…」
私「心が女子に戻る…( ノД`)…ママにもおひとり様時間をください…」
 
 
公演のレポートが翌月、翌々月のGBに出ました。
抜粋して要約です。
 

彼自身の手による、カウントダウンの音声と、映画音楽的な要素多分に感じられるSEが流れ出すと、場内はダーク・ブルーに包まれた。
海浜地帯のコンビナート群を思わせる、鉄骨を組んだようなステージセットの上部で、赤いライトの点滅が浮かび上がる。
彼をサポートする7人のバック・メンバーが、それぞれ順にスポットを浴び、オープニングナンバー「さよならを言い出せないまま」のイントロが始まった。
しばらくして、2メートルほどの高さがあるステージ左上から、全身をビシッと黒で固めたスーツ・スタイルの彼が登場した。メンバーも全員黒の衣装で、硬派な印象をもった舞台装置のイメージも相まって、視覚的にも格好の良いことこの上ない

 
当時若かったため、ビデオでこの登場シーンを見て自宅で
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁO(≧▽≦)O」となっていました…。
格好良いことこの上ない!
 

メドレーで演奏される曲の展開に対してイメージとタイミングが精密に計算されたライティングの効果の妙が、重厚ながらもすっきりとしたステージ上に映える。(モニターは本当にサイドのみになっていた)

「このまま2時間以上も立ちっぱなしでいると、後半のいざというときになって、心はいっていても体がついていかない、ということもあると思うんで(笑)、とりあえずここでバラードを3曲ほど聴いてください」

ひとしきり彼の歌声にひたりきった後は、ツアー中のこぼれ話。
秋田で会場入りした際に、タクシーの運転手がホールを間違えたために、某ロックバンドの楽屋に山根くんが知らないままに入ってしまったという嘘のような本当の話 ”秋田事件” が会場の笑いと驚きを誘う。

 
※ミュージックステーションにご出演されたときもネタになっていました。
生放送で山根さんは某ロックバンドの名前を度忘れしてしまって、観客席のファンの皆さんが叫んでいました。その様子からタモリさんに「有名な話なの?」と言われた伝説の事件…(;´∀`)
 

白いTシャツにジーンズ、黒いジャケットという衣装になり再登場した。ここからは勢いづいたままで「FINAL CHANCE」「少年」、大技・バック転も鮮やかに決まった「I LOVE YOU-ONLY YOU」と続けられ、これらの途中では観客とのコミュニケートもはかられた。
この場面に限らず、この夜に関しては、彼が口にしていた”アーティスト側が主導権を握るライブ”が現実のものとなっていた。
そういったことの裏側には、バンド編成をより充実させ、綿密なリハーサルを重ねたことによってこそ得られたサウンド面の強化が大きく影響していることも忘れてはならない。

「たぶん、みんなも大好きな曲だと思います。僕も、大好きです」という「恋人よ」は、ある意味でこの日のライブにおいてクライマックスでもあったと思う。
彼が学生だった頃、大阪港近くの工場裏に車を停めて暮れゆくコンビナート群を見ていた時の想い出をつづったというこの曲は、彼みずからギターを手に取って歌われた。
彼の背後には、またたく星空と夜景が拡がっていた。

 
「恋人よ」って…2ndアルバムやこのツアーパンフでも存在感がとても大きなものでした。
今も人気の高い曲でしょうか?(*´ω`)私も大好きです。
中学卒業の際、卒業生のひとことコメントが掲載され全生徒に配られる小冊子が作られていました。
まあみんな好きなこと書いてましたが、やっぱり多くはお気に入りアーティストの曲の歌詞を書いていましたね。
私は「恋人よ」から韻を踏んだ一節をお借りしました( *´艸`)
 
自分の卒業アルバムには「たった一人の君」の詩を、自分自身に向けて書いていました。
 

熱を帯びていっこうに冷めることのない観客の声に呼び戻されて行われたアンコールは、「時の河を超えて」の独唱から始まった。ここで、オケという効果装飾を排除したとき、彼の歌というものが、彼の持つ芯の強さを波動として肌で感じられるようなものとなることがこの日、新たにわかった。

ステージのフィナーレにはフィンガー・クラップとアカペラ・コーラスから始まる「Yellを君に」が選ばれていた。

どこまでも温かく、柔らかな歌声。それらがあたかも霧のように会場内に立ち込めていったその時、彼の表情にもまた、充足感が溢れていたように見えた。

 

”夢”。これは彼の歌の中に多く出てくる言葉の一つでもある。彼にとっての夢とはすなわち歌を歌っていくということにほかならないだろう。
しかし、単に歌を歌っていられれば万事OK、ということでは無論あるまい。そして、この日。

彼がいったい何を夢見て歌い始め、何に悩み苦しみながら自分の歌を守り育ててきて、そして何を思って歌い続けていこうとしているのか。

今回のステージに立った彼の歌の中に、またその姿に、私はそんなことを感じることができた。

思うに、今回の「RACING the MOON ’94 TOUR」に関しても、きっと彼は「自分のやらなければならないこと」をやっただけだと話すだろう。デビューから2年もたたないというのに、2時間以上のライブを飽きることなく見せてしまうアーティストとしての度量。バンドの編成を前回ツアーと変更して、かなりの短期間の中でまとまったサウンドを練り上げたミュージシャンとしての底力。

ステージセットのデザインや、ライティング・プランなどを含めた総合的な舞台演出に関する様々なセルフ・プロデュース力。

彼はより多くの人に自分の歌を聴いてもらいたい、自分の思いを納得いくように感じてもらいたい、という夢を完璧に遂行したに過ぎない。

「Yellを君に」。この曲が最後の最後に歌われたという事実、そしてこの曲の持つ意味。それらを考え合わせたとき、きっとあなたにも彼の真意が、そして夢の一端がわかるはず。

Quote:GB

 
 
何度観たかなーこのビデオ。
自由な時間がとてもたくさんあった頃だったから、ホント繰り返し繰り返し観ました。
「いつまで観よんな!」と母親に怒られながら…( ;∀;)
 
大阪と東京の会場のライブ映像と、移動中のオフ・ショットを含めた感じのツアー・ドキュメントのような感じになっています。

 

-今は9月に発売になるビデオの編集作業中なんですよね。

セットや演出の部分のことに関して言うと、今回「恋人よ」での効果っていうのは本当に最高でした。見ていて”もしかしてこの一曲をこういう風にやりたいがために、こんなセットを組んだのでは…”と思えるくらいでしたから。

「(笑)あ、でもそれはかなり近いですよ。あの赤い点滅とかをさせたいがためにやったっていうのはあったから(笑)」

-だって、あれだけの大がかりなセットを組んだんなら、もっと色んな曲でフルに使い切ればいいのに、と素人ならきっと考えると思うんですよ。でも、あえてあの場面でしか使わないあたりが……。

「あれは、しょうがないんですよね。実はひそかに目玉だったっていう。そうか……ばれてたか(笑)「DESTINY」のジャケットの雰囲気から作り出したものだったけど、あれがやりたかったんです」

Quote:GB

 
ステージでの「恋人よ」の演出は、この映像ではちょっと分かりにくい(感動が伝わりにくい)ものでした。多分カメラワークによるものだと思うのですが…。
 
やっぱりライブって、直接会場で観るべきものなんだよな…(´;ω;`)。
 
映像内では知ることのできない秋田事件や名古屋事件は、当時のいくつかの音楽雑誌で紹介されていました。
■秋田事件

「間違えて秋田県民会館に行っちゃったんですよ。そんなことはいざ知らず、僕らがズンズン入っていった楽屋は、JUN S〇Y WAL〇ER(S)さんの楽屋だったんですよ。メンバーのみなさん、すいません(笑)」

幸いメンバーはまだ誰も到着してなかったそう。

「気が付いてからはもう大変。僕は基本的にはシャイで小心者ですから(笑)ツアーと自分の名前が背中に入っているTシャツを着ていたから、警備のおじさんに見られないように、壁に背中をくっつけて、カニ歩きで逃げ出してきました」

 
■名古屋事件

「昨日のライブで、バック転失敗しちゃって、脱臼しちゃったんですよ」

昨日のライブといえば、愛知厚生年金会館。そんなハプニングがあったとは、うかつにも観ている方は全然気が付かなかったが…

「平気な顔して最後まで歌ってたから、みんな気が付かなかったんじゃないかな。幸い骨は折れていなかったからよかったです。」

Quote:昔の女性誌

「突き指3本(左手)に、右手中指は1本脱臼。バック転の着地を失敗したんですよ。(彼はこの日は連続2回転をしたらしい)本番中に自分でもわかるくらいブワーっと腫れてきたんだけど…」

マネージャー「でも、次の曲ではちゃんとギターを弾いていましたからね。」

「(笑)で、そのまま夜に救急病院へ行って手当てしてもらって、翌々日の臼杵公演をやったんですけど、痛みでうまくいかなかった。」

Quote:B-Pass

「ライブの曲順が無茶苦茶になってしまったんですよ。
1回目のMCが入ったときに、気が付いたらその次のMCで話すはずの「落ちこぼれのMerry X’mas」の曲紹介を始めちゃってたんですよ。
まずいなぁーと思いながら、言ってしまったのは仕方ないし、内心ではみんなに”ごめん、行くわ”と思いながら「落ちこぼれのMerry X’mas 聴いてください」と言っちゃったんですよ。」

「バンドの方は問題なかったんですけど、照明チームとかはもう泡食っちゃう状態で、ステージのソデで「3曲飛びましたーッ!」とかこっちまで聞こえるくらい大騒ぎになっちゃってましたね。
歌ってる途中でも、セットの裏でスタッフのみんなが右往左往走ってて大変な騒ぎでしたよ。舞台監督もソデから顔を出して「どうするっ!」とか叫びあってるし、スタッフ間では「次の曲は何にするんですかっ!」「本人まかせですっ!」とか叫びあってるし(笑)
悪いことしちゃったなぁと思いながら歌ってました…。」

Quote:GB

 
この時の名古屋公演はタイヘンだったんですね…当時のVHSでも脱臼のあとのテーピングが見られ…( ;∀;)
その後は着地に失敗したという話は聞いていないから、やっぱり運動神経いいんだなー。
 
バック転をステージで見ると…息を飲んでしまい声が出なかったです。
「(*○*)っ!!っはぁぁぁぁ!!(←無声)」みたいな。
一瞬で終わってしまうのですが終わった後の歓声(黄色い悲鳴)もすごかったです…懐かしいなぁ。

 
MC間違えるのも大変なことなんですね。
昨年末のクリスマスライブでも、中盤で新曲「GUARDIAN」についてのMCが始まって…「あ…これは後で歌います」と…気づかれてよかったです(笑)
 
カンペなんて無いだろうし…何度も何度もリハーサルして、最高のステージを作ってくださっているんだな( ノД`)
 
 
 
 
あ、これも個人的に事件
■投げKISS映像カット事件
ヤスくんが「大阪公演の登場の際に投げキッスして」と無理やり公約させ、シャイな山根さんは耐え難きを耐え実行されたようですが、発売された映像では確実にカットされていた事件。
見たかったのにな…(´・ω・`)
 
 
 
嬉しい…嬉しい…
心が女子に戻るなぁ…
 
1994年…
 
大きな未来の目標をもらい、
将来を描き、支えられ、
ハンサムな顔に癒され
「Yellを君に」に励まされ…。
 
 
音楽雑誌GB、大好きでした…
ほぼ毎月買っていました…。
中学時代、下手な似顔絵も描いて送っていました…(←巻末に2回掲載されました…あんなヘナチョコな似顔絵を…( ;∀;)ごめんなさい、慙愧に堪えない…)
 
 
GBにはsong book「SB」という付録冊子がついていました。
こういうのもあったなぁ↓
 
GBオリジナルヒットチャート
1994年度大好きアルバム
7位 DESTINY
34位 BACK TO THE TIME
 
1994年度大好きSONG
上位40位内に山根さんの曲が4曲入っているんですが、「永遠の約束」はこの頃から絶大なる不動の人気があったと思います…
 
「BACK TO THE TIME」「DESTINY」
この2枚…うんうん、とても名盤で大好きだけど…
私個人的にはやっぱり一番お気に入りは6thアルバム「on the BACK STREET」(1999)だなぁ(*´Д`)
 
 
1994年…
希望をたくさん抱いていた頃…
もう、このビデオは観ることはできない、とあきらめていたのに
初々しいお兄さんに再会できました…
この全国ツアーの…ほんの1年前は、まだ平日会社員として働いていらっしゃったんですよね。信じられません。
 
 
 
いつの間にか…この頃の山根さんより随分と年上になってしまいました。
 
 
それでも、今もなお支えてもらっています。
これってすごいことだな(*^^*)
 
 
この間「若い頃の声はペラッペラで…」とおっしゃっていて、
その時は「えーそんなことないけどなー」と思っていたのですが、
 
 
うーん、この週末に映像と共に感じたのは、
最近の方がやっぱり…どっしりとして「力強いな!」…ということ。
 
自分が年をとってしまったけど
やっぱりずっと年上でいてほしいんだろうなぁ。
 
オニイサン時代の山根さんはとってもカッコよくて見とれてしまうけど
オジサマになられてからの方が、より頼もしいと感じるなぁ。